雪の降った日。

東京に大雪警報が出た。10cm以上の積雪が見込まれるだとか、公共交通機関の計画見合わせだとか、前日から流れるニュース番組では雪をまるで災害かのように取り扱って、大袈裟な報道が流れ続けていた。
実際蓋を開けてみると、自分が住む地域では雪こそ降ったものの積もる気配もなく、ここ数週間の気温に比べるとキンとした緊張感のある寒さを感じたものの、ニュースで取り上げられていたような事態にはならずに済んだ。
そんな報道を知っていたにもかかわらず18時に駅で待ち合わせをして、駅前にある反社会勢力の構成員のような風貌をしている店主がいるラーメン屋に行く予定を立て、家を出た。17時50分を回る少し前に「今起きたので急ぎます、暖かいところで待ってて」とLINEが入ったので駅前の高層のショッピングセンターでぼーっと時間を潰すことにした。
最近思うのは自分が時間の使い方が非常に下手だということ。自己管理と言われるその類の特に時間管理が苦手であることに気がついた。例えば、夕方に予定が入っている日の午前中はよほど緊急の用事でない限り、どこか落ち着かなくて他の予定を入れたり活動的になったりすることに抵抗があって、ほとんど睡眠と惰性でスマートフォンを眺めて約束の時間が来ることを待っていたりする。だからこういう誰かを待つための時間潰しとなると尚更難しい。
結局ショッピングセンターの通路の端に置かれてあるソファーに腰掛けて殆どの時間をそこで過ごしたが、その位置に着席して20分を超えたあたりからそのソファーに対面するアパレルショップの店員がこちらを気にしているような過剰な自意識によって居心地が悪くなって席を立った。
駅前のショッピングセンターといっても、東京の郊外の方ではいわゆる田舎のショッピングモールの見てくれだけを少しスタイリッシュにしたようなもので、特段若者向けというわけでもなく、どこにでもあるような全国展開のアパレルや量販店が詰め込まれているだけで、興味を惹かれるような店舗はなく、この先の時間の潰し方を考えながらワンフロアずつ眺めて回った。
8階まで登ったところで、スポーツ用品店と本屋の2店舗だけのフロアに到着したので、ふらっと足を運んだ。新書や、芥川賞受賞の話題作など今店側がイチオシしたいと言わんばかりに目立つ本棚の右半分は最近亡くなったという報道をテレビで見た著名人の作品がずらっと並べられていて、追悼の文字が見えた。
例えば自分が亡くなったときに、自分が世に残した作品が死をきっかけに評価あるいは再び注目を浴びることが嬉しいのだろうか、それとも出版社やその他各方面の大人たちが利益を得るための道具として利用されている気がして不快になるのだろうか、そもそも亡くなったあとに売れた本の売上は誰の懐に入るのだろうか。死人には口どころか、その全てが失われてしまうからそれら全ての思考が無駄であることはわかっていても、死と金が結びついてしまうことをどこかまだ受け入れられない感覚が気持ち悪く感じてその本棚から目を逸らした。
直後に他人の死を客観視する自分を、あたかも死というものが自分にとっては随分遠いものだと認識していると感じたことにも、なんだか呆れ返るような思いになって、そうこうしてるうちに約束の時間が来て、再び改札の前の乗車券売り場まで相手の到着時間との帳尻を合わせるためにゆっくりと歩いて向かった。
結局1時間ほど待ち合わせに遅れて来た相手と20分ほどでラーメンを完食した。自分は少食で食べるのが遅いと思っていたけれど、普段から食を共にする慣れ親しんだ友人達が早食いなだけというくだらない発見があった。
まだ19時半頃だというのに街は形だけでもと、政府の発令に従いながら、カフェも含めた飲食店が閉まる気配で一杯だった。
行く宛もないので自分の部屋に着き、不安定で真ん中の支柱は傾いてる自室の寝具に寝転がりながら他愛無い話を繰り返している途中で「わたしはみんなのものだから」と自信に満ちた表情で、尚且つ冗談めいた口調で話されたときに思わず「みんなのものなんじゃなくて、誰のものでもないだけじゃないのか」という言葉が頭の中に浮かんだ。今思えば個人が個人として生存していく上で例えそれが恋人や配偶者、親であったとしても誰かの所有物になるという感覚自体がそもそも間違っているんじゃないか。なんて講釈を垂れてみるものの、所有こそされていなくても個人なんて存在は社会、国、世界そんなものに半強制的に属するように作られていて、そしてそれを人間も望んでいて、所有される事と属することに感覚としても大きな差異がないことを自覚して、結局のところ子供が大人ぶりたいがための詭弁だと思った。

それに、もしその相手が誰のものでもないのだとしたら、誰のものでもない人間のなんでもない自分がやけに見窄らしく思えて仕方がなかった。
しばらくして来客を見送るために部屋を出て、姿が見えなくなってホッとしながら部屋に戻ると、さっきまで気付かずにいた嗅ぎ慣れない匂いにやるせなさだけが残った。